1999 夏季

田中王児はとある中小商事会社の経理課長代理が肩書きの、ごく平凡なサラリーマンである。2歳になる息子とその母親と共に(そう、妻はもはや子供の母親であるとしか彼には呼べない存在となっている。)月額家賃3万円の社宅に住み、将来に向けての住宅資金の貯金に励んでいる。まあ、彼自身にとってマイホームというものは夢でもなんでも無いのであるが。満員電車に揺られて通勤を繰り返し、座って通勤するがためにいつもより10分早く家を出るなどという事が、日々の生活の中での優先順位の上位に位置してしまっている事に気づいたのはそう、ごく最近の事である。そんな彼にもかつて人生の中での光り輝いている瞬間という物が、確かに存在していた。 小学校低学年でビートルズに目覚め、中学に入学する頃にはすっかりディープパープルをはじめとするハードロックに感化されていた彼は、いつの頃からか自分の将来の夢を語り始める。 「いつか俺は一流のロックミュージシャンになって 輝くステージに君臨し、世界中を魅了する……」

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